対応の大原則:「どう生きてもいい、誰を好きになってもいい、変わってもいい」
(1)当該児童をどう認識するか
●性は揺れ動いたり変化することもあるので、現在の状況だけで決めつけてしまわない。
例えば性別違和を訴える児童がいても、性同一性障害だと決めつけてしまわず、具体的な苦痛の軽減に対策を行うことに重点を置く。
●本人や保護者が望む場合、専門医療機関につなぐ必要はあるが、基本的に周囲の大人がまずはじっくり話を聞くことが大事。すぐに専門家になげない。
●あいまいだったり、時間がかかったり、白黒はっきりしないという状況に、周囲の大人がどれだけ気長に接することができるかが重要。本人自身が自分の曖昧さにイラついたり、早急に答えを出したがる時期も、せかさず見守るのが吉。
●上記の意識を保護者とも共有する必要がある。あくまでどう生きるかを決めるのは大人になった児童であることを忘れず、周囲の大人たちが進むべきレールを作ったり、よかれと思ってやりすぎることは、児童への負担になるという認識を持つ。
●カムアウトした児童に「すごい!よく言ってくれた」や「プライド持って生きなさい」などと大げさなリアクションを取らなくても、大原則を守る言動をしていれば児童は肯定感を得られるし、普通のトーンで接してもらえることで「変じゃないし、これでいいんだ」という自信にもつながる。
●「どう生きてもいいし、誰を好きになってもいい、変わってもいい」という初心があれば、対応の原則に立ち戻りやすい。
(2)個別支援の案
●更衣・・・クラスで一緒に着替えるのが困難な場合。
・保健室など別の部屋を使う。
・全員が着替え終わった後でひとりで着替える。
●トイレ・・・人がいるトイレを使うのが困難な場合。
・あまり使われていないトイレを使う。
・身体障害者用、職員用のトイレなど生徒があまりいない所を使う。
・授業中にトイレに行く。
・学外のトイレ(駅や公園など)を使う。
●水泳・・・水着が苦痛で入れない場合。
・既定の水着ではなく、着れる水着を用意する。
・Tシャツなどを上から着る。
・夏休みなど他の生徒がいない時に個別に指導する。
●宿泊・・・部屋割り、風呂などが苦痛な場合。
・部屋割りは事前にどのメンバーなら大丈夫か相談する。
・性別で分けなければならない箇所を事前に伝えておく。
・風呂は個室を使うか、別の時間にひとりで入る。
●身体測定/検診・・・裸になるのが苦痛な場合。
・身長体重などは体操服を着たまま、男女混合で行う。
・内科検診などはつい立てを利用して見えないようにし、医師の前まで来てから服を上げるようにする。
・全員が終わってから最後にひとりで行う。
●スポーツ・・・男女わけのグループに入って行けない場合。
・男女で分けるが、女子でもスポーツが得意あれば男子の方に入っていいし、男子でもスポーツが苦手な場合は女子の方に入っていいと付け加えて行き来がしやすいようにする。
・男女でわけず、得意な子、不得意な子という習熟別で分ける。
・運動会などは本人と相談してできる限り参加できるよう工夫する。
●制服・・・着ることが苦痛な場合。
制服を着たくないことで不登校になるケースもあるのでジャージなど
別の規定内の服装を認めるか、望みの性別の制服の着用を許可する。
●個別支援全般
・生徒、保護者とともに、ひとつずつ課題を具体的に検討していく。
・何かあれば保護者の了解を得たり、報告するなど連絡をこまめにする。
・学校では要望を100%かなえることはできないことがあることを伝える。
・生徒にとっては「相談したら真剣に聞いてもらえた」という経験になり、自信がついたり、しかし全部思い通りにならないことも知ったり、折り合いをつけながらやっていくことを学ぶ機会になる。
・他の生徒からいろいろと陰口を言われても、相談できる場所、支援してくれる教員がいることでめげずに学校生活を送ることができるかもしれない。
(3)クラスづくり
●ひやかしや、ちゃかしを許さない
誰かを馬鹿にしようとしたり、ちゃかしたりする意図で発された言葉を流さず「なぜ言ったのか、どういうつもりで言ったのか」を問いただして反省させる。怒るのではなく「なぜそう言ったのか」を聞いていくことで自分の言葉の意味を気づかせ、反省をうながす。
●オカマ、ホモ、レズなどの言葉
上記と同様、「どうして言ったのか、それはどういう意味なのか」を問うことで自分の発言を考えさせる。言葉の意味をわからないまま使っている場合は説明する。これらの言葉は人を馬鹿にするために使われる言葉であり言われたら傷つく人がいること、LGBTという言葉を使った方がいいこと、また馬鹿にする目的で使ったらどんな言葉でも人を傷つけることになることを伝える。
●女らしくない女の子、男らしくない男の子への陰口
「女なのに○○だ~!」「男なのに○○みたい!」と言って冷やかしたりちゃかしたりすることがよくあるが、そこで聞き流さず、問い返すことが重要。
「じゃあ女みたいなんて、どんなん?」
「あなたもよく◎◎してるけど、それはどうなの?」
何をもって女なのか、男なのかという話をちゃかす度に繰り返し問いかけることで少しずつ意識を変えていく。ひやかしやちゃかしを怒るのではなく、「なぜそう言うのか、どういう理由なのか」を問うことで気づきを促していく。
●他の生徒も関わることで共に成長する
当該児童と関わりを持つ中で、その扱いを学んだり、関係を作っていけるように促す。例えば車いすの生徒に対して、足をただひっぱるだけでは歩く助けにならないが、右左と足を動かすことに合わせて支えたり補助することで関わる生徒も、それを伝える本人にも学びがある。
●当該児童と他の生徒の付き合い方
性別が変わっていく当該生徒とどう付き合ったらいいのか、他の生徒から戸惑いが出る場合もあるかもしれない。その場合は、今まで通り接したらいいこと、わからなければ本人に聞いてみたらいいことを伝える。外見が変わっても人格は今までと同じなので、特別付き合い方を変える必要はない。
●本、マンガを図書館や保健室に設置する
最近ではセクシュアリティを題材にした秀逸なマンガや小説が出ているのでそれらを学校に置いておくことで生徒が知識を得たり、借りて帰ることで家族もそれを読んだりして話題にしたり、話題にすることで日常の自分の事や周囲での出来事にも気づきが喚起されたりする。大いに活用してほしい。おススメのマンガは末尾にまとめて紹介する。
●教員の差別に対する態度
教師がどんな考えでいるかということは、子供は敏感に反応するもの。ひとつのことに教師が肯定的に発してくれるか、差別に乗っかって否定的に言ってくるかで生徒への影響も大きく変わってくる。
(4)学校全体の取り組み
●当該児童をよいきっかけにする
当該児童がいなければなかなか目の前の問題として考えることができないのが正直なところだが、もし当該児童がいることがわかれば、それをチャンスに研修を開き継続して取り組む機会にする。学校全体が人権学習をすることで、次の課題も取り組みやすくなるはず。(セクシュアルマイノリティでも本来はトランスジェンダーと同性愛の問題は別々に研修をする必要があるし、さらにセーファーセックス、HIV、デートDV、アディクションなど、取り組みはじめたら次々に関連してくる問題がある。実践的な分野を学ぶことは生徒の支援に効果的。)
●学年での取り組み
学校全体で取り組むのが難しいようであれば、当該児童がいる学年からまずはじめることも可能。セクシュアルマイノリティのことをいきなりやるのではなく女らしさ、男らしさの学習から段階を経て学んでいくことが効果的。
当該児童がカミングアウトしていなくても、言動などが目立ってきているなどいじめられる可能性が出てきている場合は、早急に全体の学習を行ったほうがよい。
また、クラス替えや進学の際、当該児童について理解のある生徒がいることで当該の子供は暮らしやすい学校生活になることは間違いない。学習していない他校の生徒からの心無い発言や嫌がらせも、周囲の友人が加担せず、その子を認めていれば事態の悪化は防げる可能性は高い。
●学外との連携
小学校ですでに性別違和の自覚を持っている場合、中学校で不登校になることも考えらえる。進学先の中学校や、一緒になる隣の小学校などと合同で研修を開くことも有効。事前に進学先の教員に当該児童について引き継ぎをするだけでなく、中学校での性教育も同時に取り組んでもらえるとよりよい環境づくりとなる。
★当該児童がいなくてもした方がいいこと★
●早い段階での学習
小学校3年生から性やセクシュアルマイノリティについての学習を行う。すでに小学校1、2年生でオカマ、ホモなどの言葉でちゃかしたり馬鹿にしたりする生徒は存在する。なるべく早い段階でいじめを防ぐためにも早期の学習は有効。「どう生きてもいいし、誰を好きになってもいい」という原則をきちんと伝える。また、スポーツが好きな人もいれば、勉強が好きな人もいるように、性別もその人が持つひとつの個性であることを伝える。
●当事者と出会う
当事者を授業に招くなどして、生徒と交流させることは、生徒にとっても生きた体験なので実感をともなって学習できるよいチャンスとなる。実際にいる生身の人間を目の前にし、交流することで、セクシュアルマイノリティの問題が現実問題としてあるということを認識させ、自分ができることを考えさせる。
(5)保護者との関係
・(1)での認識を保護者とも共有する。高校生になるまで児童が何であるかは何も決めつけない。
・当該児童について個別具体的な対策を相談し合う。(トイレ、更衣等)
・苦しんでいる親に対してしっかりと傾聴する。
・親が悩みを出してくれるように聞いていく。
・親とは違う意見であっても学校、あるいは教師個人の意見も伝える。
・当該児童の将来についても話題にして、性別を変えたり、結婚せず同性パートナーと生きていくかもしれない人生についても徐々に考えてもらう。
●保護者と児童の関係が良好でない場合
(保護者が児童の性のあり方を否定して、「普通に治したい」「いずれ治るはずだ」と思っているなど。)
・保護者と児童が向き合って話し合いができない場合、保護者の言い分、児童の言い分を教員が間に立って橋渡しをする。
・あるいは、向き合って話ができるような場を設定して、教員は入らず、両者だけで話し合ってもらう。
・親の意向と当該児童の訴えがかみ合わない場合、刷り合せるための話し合いをする。
例えば、児童は制服を着たくないが、親は着せたい場合、登校時だけ着て校内ではジャージにするなど、どこまで妥協できるかお互いに話をして折衷案を考え出す。
●保護者全体に関して
PTAや保護者が学べる研修会などで性に関することを取り上げてもらう。保護者の無知による偏見はそのまま子供に伝染するので、研修でなくても学級通信などで情報発信するなど工夫する。
(6)管理職が行うべきこと
文部科学省は2010年4月、埼玉県の小学校が性同一性障害と診断された児童に学校生活上の性別変更を認めたことを受け、「児童・生徒の心情に十分配慮した対応を」と全国に通知した。しかし2012年現在、学校現場で同性愛者や性同一性障害を人権問題として取り組んでいる学校は大変少ない。管理職は、当該児童の担任や関係の教員をサポートすべく、教員研修、地域の学校の合同研修、保護者へも理解の呼びかけを積極的に行うこと。学校の体制としてこの通達を実行していることを、内外に示すこと。困難をもつ児童の個別支援は、ゆくゆくはすべての児童が暮らしやすい学校づくりになるはず。
保健室や図書室に!
●おススメまんが
「IS~男でも女でもない性」(六花ちよ/講談社コミックスデザート)
「放浪息子」(志村貴子/ビームコミックス)
「青い花」(志村貴子/F×COMICS)
「LOVE MY LIFE」(やまじえびね/祥伝社)
「ハニー&ハニー」(竹内佐千子/メディアファクトリー)
「オッパイをとったカレシ。」(芹沢由紀子/講談社コミックスKiss)
「きのう何食べた?」(よしながふみ/モーニングKC)
「ニューヨーク・ニューヨーク」(羅川真里茂/白泉社)
●おススメ絵本
「タンタンタンゴはパパふたり」(ポット出版)
★これらは2013年時点での案です。
常に状況は変化していきますので、対応方法もどんどん変わって行きます。いつまでもこれらの知識が正しいとはかぎりません。情報や変化に対して、常にアンテナをはっておいてほしいと思います。そして常に「これでいいのか、現状にあっているか」と振り返る姿勢を持っていただければと思います。